仕事が出来る人が採るべき3種の方策

仕事が出来る人には仕事が集まります

企業には様々な人が集まります。私見ですが、多くの企業においては、大学に入る時よりも大きな多様性を持った集合が出来ていることが多いように思います。多様性が高い集団においては多様性が低い集団に比べて優劣の問題が発生しやすいと言えます。
仕事が出来る人と、仕事が出来ない人。
どんな企業においてもそのようなクラスタが発生し、概ね仕事が出来る人のところには多くの仕事が集まるという構図が発生します。
さて、問題は仕事が多く集まり、それを処理した量と評価とは必ずしも大きく比例しないということです。
仕事が出来る人が素直な人だった場合、このことは大した問題として表面化はしないかもしれませんが、仕事が出来る人が少し捻くれた性格をしていた場合、往々にして問題が発生します。
発生する問題としては、仕事を大量にこなすことと評価が繋がらないので、わざと自分の能力を低く見せることで仕事量をコントロールして楽をする。仕事をきっちりこなす代わりに仕事が出来ない人間を徹底的に非難し、軽んじたりすることで職場の空気を悪化させる。嫌気が差して仕事が出来る人間が退職するなどなどです。
こうした問題に対し、組織側として対処する方法としては、完全分業制にして個々人の作業範囲をきっちり定義する、などがあり得ると思います。ただし、外資系企業においてはそのようなやり方も多いとの噂を聞きますが、日系企業で責任範囲の切り分けをきっちりやっているというような話はあまり聞きません。
そうすると、仕事が出来る(と少なくとも自分では思っている)人はそのような分業がきっちり為されている外資系企業に転職するか、自分の側から出来ることを行うことで、何とか自分が納得出来る状況へと変化させなければ、あまり気持ちの良い職業人生を送れないことになるでしょう。


仕事が出来る人の歩き方

私自身、仕事が出来る(と少なくとも自分では思っている)人でして、実のところ、

・自分の能力を低く見せて楽をする
・出来てない人間を非難する
・嫌気が差して転職する

を全て実践したことがある人間なのですが、どれをやってもあんまり精神衛生が改善しなかったなぁ、というのが正直な感想です。一つずつ何故上手くいかないかを考えてみるとこんな感じです。

・自分の能力を低く見せて楽をする
結局のところ評価には繋がらないし、自分の能力も活かしきれない。そもそも楽であっても拘束される時間は同じなわけで、楽をするために会社に来てるんだっけ、自分という疑念に苛まれる。

・出来てない人間を非難する
自尊心を一時的に刺激して気持ち良くなれるだけ。
状況は好転しないし、扱いにくいやつの烙印を押される。そうすると楽をするルートとは相互作用出来るようになるが、そもそも楽をするのが目的なんだっけ、という疑念に至るのは同じ。
あと、人間的に一部の人には好かれるけど、マジョリティには嫌われる。

・嫌気が差して転職する
色々改善することもあるが、想定していない所与の既得権益を失ってから気付くことがあったりする。
また、一時的に改善しても結局しばらくすると元の問題に収束するため、転職の無限ループが発生する。すると、悪いことかどうかは微妙なラインですが、多大な時間を過ごす会社に全く帰属意識を持てなくなる。

とまぁ、こんな感じで、これらの方法はあまり筋が良い対策とは思えないわけです。
割切りによって何とか心の平穏を手にするには効果的な方法もあるとは思うので、これらの手法が必ずしも駄目とまでは言い切らないのですが、私個人はやってみた結果、結局心は落ち着きませんでした。
さて、放っておいても仕事は集まってくる。そんな状況で仕事が出来る人が取るべき方策を私なりに考えてみたところ、以下の3パターンが筋が良いものとして挙げられるかなぁと思っています。

1.評価に繋がりそうなものから優先順位をつけて、自分の中でこなしても良いと思えるものだけこなす
2.集まってくる仕事を快諾して全てこなす
3.集まってくる仕事の裏にある問題構造を改革する

一つずつ見てみたいかな、と思います。


1.評価に繋がりそうなものから優先順位をつけて、自分の中でこなしても良いと思えるものだけこなす

労働時間を延長することだけは絶対に認めたくないけど、能力に応じた評価を受けたい人向けです。直接上司からだけ仕事を言い渡されるような場合はさておき、直接の上司以外からも色々と仕事が来るというケースは「あるある」だと思います。
そうした場合、何度か依頼に応えていくうちに、

・力を持っておらず、依頼に応えても改善に繋げられないケース
・改善には繋げられるが、手柄を一人占めして自分に恩恵をもたらさないケース

などが存在することが解ってきます。まず、これらをバッサリ切り捨てます。
また、改善に繋がるもので、かつ評価フィードバックがあるものに関して優先度付けを行い、高いものから順に処理していくという手順を踏みます。
これはいわゆるプライオリティの高いものだけやる、というような仕事の仕方で、これをきっちりやれば時間外労働祭りをしなくても着実に評価を積み上げることが可能になります。空いた時間は自己研鑽に充てるもよし、プライベートに充てるもよしです。
ただし、冷淡な印象を人に与えやすい手法ですので、人の好感度を気にする場合、使い方要注意の手法ではあります。


2.集まってくる仕事を快諾して全てこなす

ぶっちゃけ、次の3.で紹介する方法の劣化互換だとは思うのですが、集まってくる仕事を快諾して全てこなすというやり方が存在します。
「快諾」というのがポイントで、嫌がらないことによって 仕事が出来る×仕事を渡しやすい という大変扱いやすいキャラにもなりますので、ただ仕事が出来るだけに比べてさらに大量の仕事が集まります。
この方式を行う際に「快諾」と同じぐらい大事なことに、時間外労働を行うということがあります。どれだけ濃密な作業をこなしたとしても、定時に帰って行く人には「あいつはまだ余力を残している」という印象が色濃く残ります。結果、仕事量に比してあまり評価されない状態になるのですが、様々な人の依頼をこなして時間外に仕事をしている姿は「頑張ってるやつ」という評価に繋がります。
人は「頑張ってるやつ」に対して評価をしたがる傾向がありますので、「頑張ってるやつ」の仕事内容を見てみたら実際凄い仕事量こなしてた、評価アップといった流れに繋がります。
このタイプの仕事の仕方を嫌う人は多いですし、実際私自身これだけは嫌だと思っている働き方ではありますが、3.の方策が思いつかない場合にそれでも得られる最高の評価を得たいと考えている場合、このやり方が最も効率的なやり方であったりもするので、馬鹿にしたものではありません。


3.集まってくる仕事の裏にある問題構造を改革する

特に1.で切り捨てるようなケースに多いのですが、自分のところに依頼が来る時には既に問題の本質から外れた依頼になっていることがあります。また、そのような本質から外れた依頼が来る状況というのは、往々にして本質的な問題から派生する様々な問題が別の形になって様々な依頼となり自分のところに集まってくる状態であったりします。
そうした場合、本質的な問題を一つ解決することで、いくつもの依頼を同時に処理することが出来、かつ優れた改善を行うことが出来るわけです。
このやり方の問題点は2つで、1つはまず本質的な問題が何なのか、見極めるのが難しいというハードルの高さ。もう1つは問題は解ったけど、その問題を改善するのにかかる労力が結構エグいことが多いというハードルの高さです。
大体の場合、問題を見極めたら関係するステークホルダーを集めて現象を説明し、どうなれば全員が得をしそうかといった話をすることでプロジェクト化し、進行させるといった流れになるのではないでしょうか。
っで、仕事が出来る人がその問題を明らかにし、説明し、どのような手順を踏めばこの問題を改善可能か、大まかなフローを依頼主に示したとします。

経験上、これは何も生みません

ここまでで「なんでここまで教えてあげたのにやんないの?仕事しろよ!」とビキビキ来ること請け合いなのですが、この問題の最大の難点は自分がオーナーシップ持って改善の中心に立たなければ(余程パートナーに恵まれない限り)絶対に問題が改善しないことです。
ゲーマーの話でも触れましたが、アウトプットに繋がらない改善提案は評価には結び付きません。2の改善提案を行い、2を実行した人と、10の改善提案を行い、結局何も起こらなかった人とでは評価されるのは前者です。
なので、この方式を取る際には覚悟を決めて全力で取り組むことが重要になってくるわけです。特にステークホルダーに対するアクションを自分でやるのはマストと言えるでしょう。
まぁ、そんなこんなで非常に大変なのですが、これが出来ると評価は次元の違った上がり方をします。世に言う成功者とは、仕事が出来る人の中で、この3.の方式を多量に成功させた人たちのことを指していると言っても過言はないでしょう。


総論

仕事が出来る(と少なくとも自分では思っている)人には特有の鬱屈した思いや歪みが発生することがあります。ここで挙げたようなやり方はそうした思いを昇華させ、どうにか精神衛生を保つのに役立つのではないかな、と個人的には考えています。
仕事に対するスタンスの問題、現在の環境によって取れる選択肢の限定などの問題で、1~3のどのやり方を採りたいか、また採れるのかといった問題はあると思いますが、これらのどれか自分に適したやり方を選ぶことで、抱いている不満や呪詛を少しでも逓減させることが出来れば良いなぁ、と思う次第です。


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